「花の力を!」 新しい生命の誕生
こんにちは。ぼたもちです。
台風12号が大きな爪痕と残しながら、ゆっくりと過ぎ去ってから早1週間が経過しました。また、東日本大震災から半年、あのニューヨークで起こったテロから10年。今日は人の命について考えずにはいられない中秋の名月となりました![]()
今回は長野市にお住いの宮澤直子さんからの心温まるエピソードです。![]()
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花の力というものを「新しい生命の誕生」という出来事で感銘深く受けとめた体験を、お伝えしたいと思います。
私の家は、長野の善光寺で宿坊を営んでおります。善光寺は観光のお客様も多いのですが、亡くなられた方の供養にみえる方達も多いお寺です。
京都に住む住職の従兄弟から「一家揃っておまいりに行きたい。仕事の都合で日帰りになるが」という電話が入ったのは、ちょうど平成20年3月彼岸、池坊長野支部創立66周年記念花展の最中でした。それは従兄弟の長女夫婦に初めて授かった双子の赤ちゃんの水子供養のためだったのです。私たちもすでに知る事でしたので、心痛む思いでした。夜行で車を走らせ、まだ寒さ厳しい早朝長野に到着した皆さんは、さっそく善光寺本堂で御供養なされました。
帰路へ着くまでの数時間、私はちょうど開催中の記念花展に皆さんをお連れしたのです。善光寺にほど近い会場は、期間中七千人もの来場者を迎え熱気にあふれていました。皆さんはとても熱心に観て下さりひととおり見終わって後、長女の夫君からこんな質問をうけたのです。
「今まで花展をみる機会はあまりなかった。自分も花は好きで生けたりもするが、“花を生ける”とはどういうことなのか?」と。私は今までのお稽古や研究会等で学んだお花への想いを私なりにお話ししてみました。
「花の美しさは一瞬だけれど、花の生命は遠い過去から未来永劫へと続く永遠ともいえるもの。生け花はその一瞬の花の美しさに自分の気持ちや想いをこめて見る人に伝える心のメッセージなんです」
四月に入ってその夫君から一通の手紙が届きました。「子供を失くした事は、今までの自分の人生の中で最もつらく悲しい出来事だった。ただこのことをきっかけに、もっと強く優しい自分でありたいと思えたし、妻のことも今まで以上に身近に感じることができた。そのことは二つの生命が残してくれた大切な贈り物なのだと理解もした。しかし頭の中では理解できてもどうしようもない喪失感をうめることはできなかった。善光寺山での法要や皆さんの温かく優しい言葉で自分達の心に区切りをつけ、二人やっと落ちつくことができたように思う。また花展を拝見したことはとても刺激的で楽しかった。花を生けることは心、想いを生命にこめて伝えるメッセージであるというお話しはとても印象に残った。また花に触れる機会を持ちたいと思う」(要約)
この夫君のまじめで、真っ直ぐな手紙の内容に感激すると共に、私にはあの花展の一瓶一瓶の花たちが大きな〈生きる力〉となって彼に生命の尊さのメッセージを伝えてくれたに違いないと感じました。だからこそ、池坊の原点である御仏に捧げる花“供華”は、永遠の仏の世界へ旅立ってゆかれた方達への“祈りの花”となりえてのでしょう。
翌年の春、うれしい知らせが届きました。お二人に女の子が産まれたのです! 今年はその子も三才となり、冬にはもう一人家族が増えるとの知らせも入りました。何と二つの生命が蘇ったのです!
本年七月の巡回講座のビデオの中で、お家元様は、「植物は生まれたところから動くことができない。生まれた場所で暑さ寒さに耐え、風雪をしのぐ姿がある」とお話し下さいました。私達も今置かれている己が場所から逃げることはできない。まさに花の姿は人の生き様そのものではないか。人の生きるべき道として、このお言葉は私の胸にしみてまいりました。
この世に与えられたひとときの生命をせいいっぱい咲く花の姿、そのけなげでひたむきな姿には私達にたくさんの事を伝えてくれる力があります。今回の大震災にあたり全国からの温かい励ましの種が被災地の大地に根付き、必ずやまた春が来て花咲かすことを心よりお祈り申し上げます。数々の困難に立ち向かっていられる皆様方、どうか花の力を信じて頑張って下さい!!
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花はどんなに困難でも、その場に踏ん張り、根をいっぱいに広げ、雨風に負けずに懸命に生きています
時に自然は人の力ではどうしようもない試練を与えます。幸いにして今を生きる私たちは、期せずして他界された方々の分まで、精一杯に生きなければならないのだと思います。
いけばなは、命を大切にする心も養うことのできる文化です。今宵は中秋の名月![]()
重陽の節句です。皆様のことを思い菊を生けたいと思います。








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